今年は一回しか踊れなかったのだけれど、毎年、盆踊り(注1)を楽しみにしているのだった。盆踊りが上手な友人が いるので、いつも彼女の後ろに張り付いて踊っている。
踊りに行く場所はいろいろ。でも、たいてい東京の下町ばかりを選んでいる。踊っている人たちの感じが好きなので ある。地元の方が多いのは当たり前なのだけれど、下町の会社にお勤めの人々が、仕事帰りにふらっと踊っていたりす るのが面白いのだった。肩からバッグをぶら下げながら踊るOL(注2)さんたちの、かわいらしさと言ったら!
盆踊りは、一見、老若男女が楽しめるイベントのようだけれど、実はそうじゃない、とわたしは思っている。
(41)のものなのである。
盆踊りって、まあ、どこも6時半くらいから始まるのだが、8時過ぎくらいになると、子供にお菓子を配る時間がく る。それが合図なのだ。子供の時間は終わったのだ、という合図。
あからさまに「子供は大人の邪魔するな」なんてことは言わないのだけれど、
(42)雰囲気が盆踊り会場にただよ ってくる。今まで、「さあ、踊って踊って」と、恥ずかしがる子供たちを踊りの輪に入れていた大人たちが、子供に声 をかけなくなる。
子供にお菓子が配付された後、やがて、大人たちが本気で踊りはじめるのだった。踊りの難しい曲が多くなる。『炭 坑節』など、渋い踊りも多くなる。そうなるにしたがって、まわりで立って見ていただけの大人たちが、ひとり、また ひとりと踊りの輪に加わりはじめ、盛上がってくるのだった。
(43)、わたしは自分の子供時代を静かに思い出す。
大人時間になった盆踊りが、とってもかっこよかったこと。難しい踊りになって、仕方なく躍りの輪から外れ、母親や、近所のおばさんたちが、もくもくと踊っている姿を見ていた。子供の出番はないのだと
(44)。
子供はでしゃばる(注3)んじゃないよ!っていう、大人たちの態度。大人(特におばさんたち)がうらやましかっ たあのときの気持ち。記憶から消えないまま、いい思い出になってわたしの心に残っている。大人が主役になる時間っ て、悪くないなと思う。子供に歩み寄ってばかりじゃ、大人になった甲斐がないと
(45)。
(益田ミリ『前進する日もしない日も』による)
(注1)盆踊り:夏のお盆に行われる行事。参加者が輪になり、音楽に合わせて踊る
(注2) OL:女性の会社員
(注3)でしゃばる:目立つ必要がないのに、目立とうとする
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